中国古典 | 荀子の名言
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 蓬も麻中に生ずれば、扶けずして直し

 蓬という草は、普通は土にへばりつくようにして生えている。
しかし、麻の中に生えさせると、まっすぐにスクスクと育つ。

人間もこの蓬と同じこと。
自分をとりまく環境に大きく左右されるのだという。

 

 我に諂諛する者は吾が賊なり

「諂諛」とは、こびへつらうこと。
自分におべっかいを使い、甘い言葉かけてくるような人間は、
賊と思っていたほうがいい、と警告した言葉。

部下に「ヨイショ」ばかりされている管理職は、
知らず知らずのうちに、「裸の王様」となり、
批判してくれる人を遠ざけ、結果的に組織をダメにしかねない。
イエスマンに取り囲まれたワンマン経営者が
ついには会社を潰してしまうケースは、それこそ枚挙にいとまがない。

 驥は一日にして千里なるも、駑馬も十駕すれば、則ちまたこれに及ぶ

 驥というのは、一日に千里も走る名馬のこと。
駑馬とは、いわゆる駄馬のことだと思えばいい。
駑馬の脚力は驥のそれより格段に落ちる。
しかし、そんな駑馬であっても、十日も走り続ければ、
驥の一日の行程に追いつくことができる。

 馬を人間に置き換えれば、
驥とは、天才、駑馬とは鈍才です。
つまりこれは、
たとえ鈍才であっても、コツコツ努力を積み重ねていけば、
いつの日か天才に追いつき追い越せることを語った言葉にほかならない。

 勝に急にして敗を忘るるなかれ

「勝とうとするあまり、敗れることもあることを忘れてはならない」という。
つまりは、万一の敗北を想定して、
それへの対策を用意してかかれ、というのです。

 企業経営についてもそっくり当てはまるだろう。
企業が新たな事業に着手しようとするとき。
あらかじめ最悪の事態を想定して、
損害を最小限にくいとめる対策を立て、
負けても致命傷を受けないようにしておく必要がある。

 

 言いて当たるは、知なり、黙して当たるも知なり

 この言葉をそのまま訳せば、
発言によって核心を突くのは「知」といえるが、
沈黙によって核心を突くのもやはり「知」である、ということになる。
雄弁も沈黙も同列と荀子はいっているのです。

しかしときには、意思を表明するのに言葉が不要な場合もある。
言葉を発しなくても、表情、まなざし、物ごしで、
核心に触れる何事かを十分に伝えることができるのです。

 

 人の患は、一曲に蔽れて大理に闇きにあり

 「患」とは欠点という意味です。 だからこの荀子の言葉は、
「人間の欠点は、
物事の一面にとらわれてしまって大局的な判断ができないことにある」

どんなに客観的に見ているつもりでも、それぞれに避けがたい偏見がある。
その偏見が心を惑わして、全体像の把握を困難にしているのです。

 

 疑を以って決すれば、決必ず当たらず

 あやふやな根拠とあやふやな心によって判断を下すと、
必ず見当はずれな結論が導かれるというのです。

しかし、正しい判断を下すためにはそだけではまだ十分でないとして、
荀子はさらにこう語っている。
「事物を観察するとき、あれこれ疑い迷っていたのでは、
是非善悪をきちんと判断することはできない」

 

 其の子を知らざれば、其の友を視よ

 人を評価する要因のひとつとして「交友関係」がある。
人間は環境に左右される。
とりわけ若い頃は友人の影響を受けやすい。したがって、
環境の一つの要素としての友人関係を知ることが、
その人を知る手がかりになる。

 

 遇と不遇とは時なり

誰の人生にも遇と不遇がついて回る。肝心な事は不遇な時の過ごし方。

 どんな人にも。不遇の時期というのがある。
何をやっても上手くいかない。
やることなすこと裏目に出る。
しかし誰の人生にも、必ず遇の時が巡ってくる。
だから、あわてずさわがず、じっとその時が来るのを待てばよい。

 

 有りて施さざれば、窮して与えらるることなし

 世の中はお互いさまだから、
お金に十分な余裕があるときには、人助けをしたほうがいい。
お金に十分な余裕があっても、ふところに抱え込んだりしていると、
いつか立場が変わったとき、誰からも助けてもらえなくなる。

 困っているときは遠慮なく助けてもらい、
余裕ができたら喜んでお返しをする。

人生のバランスシートをチャラにすることを目指したい。

 君は舟なり、庶人は水なり

 舟は、それを浮かべている水しだいで、安定もすれば転覆もする。
君主と人民の関係も同じことがいえる。
人民の出方しだいで、君主の座は大きくゆらぐ。
つまり、君主は舟、人民は水である。
したがって、君主が自分の地位を安泰にしたいと思えば、
まず何より人民の信頼を得ることだ―― これがこの言葉の意味です。

 管理職は舟、部下は水なのです。
管理職ひとりですべての仕事ができるわけはない。
たとえ本人に能力が足りなくても、 優れた部下を十分に心服させて把握する能力があれば、仕事はそれなりに成就する。

 

 小人の学は耳より入りて、口より出ず

 学問とは、本来、自分自身の向上のためにするものだ。
ところが小人は、学問を売り物にし、
耳から聞きかじったことをそのまま口にするので少しも身につかない。
自分の中に本当の学問を積んでいる人は、
決してひけらかすことなく、相手に応じて答えを返すのだという。

 

 千歳を観んと欲すれば、則ち今日を審かにせよ

 未来予測をする場合、未来だけを見ても仕方がない。
今日のことを明確に知ることが大切なのだという。
未来につながる芽や兆しは、現在のなかにある。
いま、兆しつつある兆候を発見して、
その上に立って将来を展望せよというのです。

 遠い先のことを取り越し苦労しても仕方がない。
当面の問題にどう対処するかを考え、
そのなかで足元を固めて将来の展望をつかむ生き方が望まれる。

 

 青はこれを藍より取りて、而も藍より青し

 「藍」はタデ科の一年草で、
葉や茎をしぼって藍染めの染料として使われてきた。
この言葉は普通
「青は藍より出でて藍より青し」という言い回しで通用している。
また、ここから「出藍しゅつらんほまれ」という言葉も生まれた。
弟子が師よりも優れていることをいい、教育の効果に期待をかけた言葉。

 

 用兵攻戦の本は、民を壱にするに在り

 用兵の基本は国民の心をひとつにまとめることにあるのだという。

本当の戦上手というのは、
国民の心をよく掌握したうえで、とりかかるのです
まず国民の支持を高め、将兵の心をとらえて組織を打ち、一丸とする。
これがすべてに優先するということであろうか。
 
よもぎ麻中まちゅうしょうずれば、たすけずしてなお
われ諂諛てんゆするものぞくなり
一日いちじつにして千里せんりなるも、駑馬どば十駕じゅうがすれば、すなわちまたこれにおよ
しょうきょうにしてはいわするるなかれ
いてたるは、なり、もくしてたるもなり
ひとうれいは、一曲いっきょくおおれて大理だいりくらきにあり
ってけっすれば、決必けつかならたらず
其のらざれば、其のとも
ぐう不遇ふぐうとはときなり
りてほどこさざれば、きゅうしてあたえらるることなし
きみふねなり、庶人しょじんみずなり
小人しょうじんがくみみよりりて、くちより
千歳せんざいんとほっすれば、すなわ今日こんにちつまびらかにせよ
あおはこれをあいよりりて、しかあいよりあお
用兵ようへい攻戦こうせんもとは、たみいつにするに

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