中国古典 | 孟子
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孟子について
理想なき現実主義は、つねに堕落する
人を信じてその「善」を引き出す──理想こそ行動の「エネルギー」だ

「孔孟の教え」などといわれるように、孟子は孔子とコミにして語られることが多い。 たしかに孟子は、ある意味で孔子の教えを受け継ぎ、その実現につとめた思想家です。 では、往々にして誤解されているように、
コチコチの道学者であったのかといえば、決してそうではない。
彼の実像は、ひと言でいえば、戦闘的な理想主義者です。
 孟子の活躍したのは、孔子からおよそ二百年後、
戦国時代の真っ只中です。当時、各国とも領土の拡張に憂き身をやつし、生き残りの競争にしのぎをけずっていた。 そういうなかで、孟子は仁義による王道政治を主張し、各国の王に遊説してその実現に当たった。

 孟子の主張した王道政治とは、
まず上に立つ君主が仁義の徳を身につけ、それを国民に及ぼしていくというものであった。 王道の反対が覇道です。覇道とは、力づくで相手を押さえ込むやり方です。 その点、王道は徳による感化を目指す政治だといってよい。 孟子は、その理想を掲げて奮闘した。
 だが戦国時代の当時も現代と同じように利益一点張りの時代だった。
各国の君主は、いずれも君権の強化に明け暮れていた。
そういうなかでは、王道政治の理想は容易に聞き入れられるはずがない。 孟子はエネルギッシュな遊説活動を展開して生涯を送ったが、
さすがに晩年は遊説を断念し、郷里に隠棲したといわれる。

 『孟子』七篇は、その戦闘的な理想主義者の言行を記録した本です。
前半は主として遊説の記録であり、後半は弟子たちとの問答を通して王道政治の理想が説きあかされている。
 『孟子』全篇にみなぎっている特徴は、
人間に対する深い信頼と理想にかけた情熱です。

 孟子によれば、人間の本性は善なのだという。いわゆる性善説ですが、
そういう立場から王道政治が導かれてくる。その底に流れているのは、
人間に対する深い信頼です。それを彼は気迫をこめて主張した。
 理想なき現実主義者は、常に堕落する。そういう意味で孟子の主張は
あまりにも実利に片寄りすぎた現代の社会に対しても、鋭く反省を迫ってくる。
 孟子は厚い現実の壁の前に敗れ去ったが、彼の提起した問題は、
われわれの当面する課題でもあります。
 ※守屋 洋著 中国古典「一日一話」より引用

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