中国古典 | 孟子の名言
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 恒産なければ、因って恒心なし

 恒産とは、毎日の生活を十分に支えることのできる安定収入のこと。

生活の安定がなければ、人の心はゆらぎやすく、悪事へも走りやすい。
経済基盤がしっかりしていてこそ、人身の安定もはかられるのだから、
世の人々に恒心を期待するならば、

まず為政者が人々の暮らしを安定させなければならない
というのが孟子の考えであった。

 

 磁器ありといえども、時を待つに如かず

 磁器とは畑を耕す農具のこと、つまりこの言葉は、
どんなにいい農具があっても、
季節はずれの農作業をしたのでは収穫を期待できない、という意味。

逆に言えば、貧弱な農具しかなくても、
季節の到来に合わせて農作業をすれば、
ちゃんと収穫することができるのだという。

 己を枉ぐる者にしていまだ能く人を直くする者はあらず

自分のもっている原理、原則を簡単に曲げて相手に迎合する人物に、
立派な指導者はいない。

 もちろん、ときには妥協もできる柔軟性は必要だろうが、
人には誰でも譲れない一線というものがある。
その一線に関しては、断固として守り通す。

こうした頑固さは、
一般の社会人にとっても大切な姿勢ではないだろうか。

 道は爾きに在り、而るにこれを遠きに求

 人間の踏むべき「道」は、
どこか高遠な所にみえて、実は日常の身近な所にあるのです。

 生きていくうえでの原理・原則というものは、
案外に平凡で常識的であることが多い。

 誰にでも実行できてしかも大事なことというのは、
たとえば朝「おはよう」と声をかける、
そうしたごく平凡で些細なことにある。

 

 位卑しくして言高きは罪なり

 地位の低い人間が、それより地位の高い人間の仕事について、
あれこれ批判めいたことをいうべきではない。

 孟子の考え方によれば、
上位の者は上位の者なりに、下位の者は下位の者なりに、
その分をわきまえ、与えれた責任を果たしてさえいれば、
世の中は平穏に収まる。
したがって、分を超えた上位者への批判は、
秩序を破壊するものとして排斥されるのです。

 

 徳慧術知ある者は恒に疢疾に存す

 徳慧(とくけい)とは立派な人格、
術知(じゅつち)とは素晴らしい才能、
疢疾(ちんしつ)とは艱難のこと。

つまり、立派な人格と素晴らしい才能をもった人間は、
困難な状況のなかで育てられていくということです。

 

 井を掘ること九軔、而も泉に及ばざれば、なお井をを棄つと為すなり

 一軔とは八尺。九軔も深く掘り進んでいながら、
水脈に達しないからといってやめてしまったのでは、
井戸を棄てたのと同じだという。
換言すれば、苦労してやりかけた仕事を途中で放り出したのでは、
それまでの苦労が水の泡となる。
どうせやるなら、最後までやり通せというのです。

 日本の和楽器「鼓」奏者の世界では、
十五年の修行で「へたくそ」に成るといわれています。

 

 己むべからずに於いて己むる者は、己まざる所なし

 やめてはいけないところでやめてしまう人間というのは、
何事においても中途半端で終わる、と。

やめてはいけないところとは、つまり人生の正念場。
せっかくいままで築いてきたものを、
フイにしてしまいかねない局面です。

 

 往く者は追わず、来る者は拒まず

 これは、去っていく者は去るにまかせ、
来る者はどんな人間でも受け入れるという、

こだわりがなく包容力のある人間関係を表した言葉として知られている。

 

 心を養うは寡欲より善きはなし

 心を正しく真直ぐに育てる為には、欲望を少なくするのが一番よい。

 「欲望の少ない人で良心のない人はわずかです。
欲望の多い人で、良心のある人はわずかです。」
と孟子はつけ加えている。
 木に縁りて魚を求む

 木に縁って魚を求めるのは愚かなこと。

 手段や方法を間違えると、
一生懸命努力を重ねても、まったくの骨折り損になる。
むしろ、一生懸命やればやるほど、
かえってドロ沼にはまることが多い。

そうならないためには、時々は、
目標に到達するために自分の取っている手段や方法を
再検討したりチェックしたりして、方向を修正していく必要がある。

 尽く書を信ずれば則ち書なきに如かず

 「書」とは、儒家の聖典ともいうべき『書経』をさしている。

儒家の正統を継いだ孟子が、本来、金科玉条にしてもおかしくない
『書経』を盲信するなといっているのです。
そこにこの言葉の重みがある。
それほど盲信の害は大きいということでしょう。

 思想であれ、理論であれ、技術であれ、何かを学ぼうとするなら、
先人のものを盲信せず、できるだけ批判的な摂取を目指したい。

 天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず

 昔から、事業(仕事)を成功させるためには、
①天の時――実行のタイミング
②地の利――立地条件
③人の和――内部の団結、
の三つの条件が揃わなければならないといわれている。

 この三要素は現代でも必要だが、孟子はこれに優先順位をつけて、
「人の和」がもっとも重要だとしている。

人の和がなければ成功はおぼつかないということを忘れてはならない。

 

 君子は終身の憂いあるも、一朝の患いなきなり

 「終身の之憂い」とは、
生涯を通じての悩みという意味であって、孟子によれば
「舜が人間なら自分も人間である。
だが、舜は天下に模範を示し、後世にその名を残した。
それにひきかえ自分は平々凡々な俗人にすぎない、という悩みです。」
この悩みを解消するには、当然のことながら、
一生をかけて自分を磨いていくよりない、ということになります。

 また、「一朝の患い」とは、一時いっときの悩みという意味です。

 

 春秋に義戦なし

 「二千四百年前、すでに孟子もいっているのです。
「春秋時代に正義の戦いはなかった」と。

春秋時代の三百数十年はまさに戦争の時代であって、
毎年どこかで戦争が行われていた。
それはすべて自国の利益を拡大するための兼併戦争だったのだという。

十九世紀、二十世紀についても同じことが言えるのではないか。
 
恒産こうさんなければ、って恒心こうしんなし
磁器じきありといえども、ときつにかず
おのれぐるものにしていまだひとなおくするものはあらず
みちちかきにり、しかるにこれをとおきにもと
位卑くらいいやしくして言高げんたかきはつみなり
徳慧術知とくけいじゅつちある者はつね疢疾ちんしつそん
ること九軔きゅうじんしかいずみおよばざれば、なおををつとすなり
むべからずにいてむるものは、まざるところなし
ものわず、ものこばまず
こころやしなうは寡欲かよくよりきはなし
りてうおもと
ことごとしょしんずればすなわしょなきにかず
てんときかず、ひとかず
君子くんし終身しゅうしんうれいあるも、一朝いっちょううれいなきなり
春秋しゅじゅう義戦ぎせんなし

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