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論語について
人生に対する視野を広げる人間学の宝庫
最後まで自分を見捨てない『教科書』──世を知って世を捨てずに生きる

 西の『バイブル』、東の『論語』などという人もいる、
そんな言葉もあるように 『論語』は、中国の古典というだけでなく、
世界の古典といってよい。
日本でも昔から広く読まれてきたし、今でも熱心な読者は少なくない。
現に、なんらかに形で『論語』に関係した本の出版されない年はないといってよいだろう。 こんな本がほかにあるだろうか。
 『論語』は、孔子という人物の言行録です。 話したことや実践したことが短い文章でたくさん記録されている。 それがなぜ、これほど読み継がれてきたきたのだろうか。
 一言で言えば、『論語』という本は人間学の教科書だからなのです。
読めば必ず「なるほどな」とうなずけることが多いし、それだけ人間に対する理解が深まって、 人生に対する視野を広げることができるであろう。
 しかし、なかには、孔子とか『論語』と聞いただけで、 しかつめらしいお説教でも聞かされるのではないかと頭から毛嫌いする人もいるようだ。 その気持ちもわからないでもないが、それは誤解だとあえていいたい。

 孔子はいまから二千五百年ほど前に活躍した人だが、
彼の本質は、「人生の苦労人」です。 近年の研究によれば、巫女みこのような女性から私生児として生まれたが、 その母親とも少年時代に死に別れ、
生活の苦労をたっぷりと味わいながら育ったらしい。
 そのようななかで、ほとんど独学で学問を修め、やがて政治の世界に志を立てる。 だが、政治家としても不遇であった。志を得た期間はほんのわずかで、生涯の大部分を逆境のなかで過ごしている。

 孔子の偉いところは、そういう苦労に負けなかったことです。
つねに背筋をしゃんと伸ばし、前向きの姿勢で人生に挑み、七十四年の生涯を生き抜いた。

 そういう人物の人生語録が『論語』なのです。
 孔子は若いときから弟子をとって教育にあたったが、
とくに政治の世界から退いた晩年は、弟子の教育と著実に専念している。
 その孔子塾の目標は、社会有用の人材を養成することにあった。
したがって『論語』には、弟子達との問答を通して、
社会人の条件政治の目標がさまざまな角度から解き明かされている。
これもまた大いに参考になる面が少なくないのです。
 ※守屋 洋著 中国古典「一日一話」より引用

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