中国古典 | 菜根譚
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菜根譚について
窮地に立たされたときに、己を見つめ直す
裏も表も知りつくした人生の『伴走書』──
自分を傷つけないで生きるアドバイス   
 『菜根譚』もまた江戸時代の昔から、随分と読まれてきた古典です。
いまでも広く読まれている。幅広く読まれているという点では、たぶん、『孫子』あたりと双璧をなしているかもしれない。
 なぜこの本がそれほどまでに読まれてきてのだろうか。
『菜根譚』は、ひと言でいえば、中国風の処世の道を説いた本ですが、
その説くところがわれわれのそれとはひと味もふた味もちがっていて、
教えられるところが多いからにちがいない。
噛めば噛むほど味の出てくるのが、『菜根譚』という本です。

 中国には昔から、儒教と道教という二つの思想の流れがあった。
儒教というのはエリートの思想であり、表の道徳です。また、
広く人の基本を示しているという点では、建前の道徳といってもよい。
だが、表の道徳だけでは世の中は息苦しい。そこで必要になるのが、
それを補完する裏の道徳です。 その役割を担ってきたのが道教だった。

儒教がエリートの思想だとすれば、
道教は民衆の思想です。また、
儒教が建前の道徳とすれば、
道教は本音の道徳だといってもよいかもしれない。
 儒教と道教は、このような関係を保ちながら、中国人の意識や生活を支配してきた。 だが両者とも、人々の悩める心の問題にまでは、
ほとんど関心を示さない。 その欠を補ったのが、
のちにインドから伝えられた仏教だった。

『菜根譚』は、この三つの教え、
すなわち儒教道教仏教を融合し、
その上に立って円熟した処世の道を説いた本です。
 だから、それぞれの境遇に応じて、必ずや得るところがあるはずです。
厳しい現実のなかで苦闘している人々は適切な助言を見出すであろうし、
不遇な状態に苦しんでいる人々は慰めと励ましを受け取るであろうし、
心のイライラに悩まれる人々は大いなる安らぎを与えられるであろう。

 ちなみに、この本の作者はみん代のこう自誠じせいという人物ですが、
くわしい経歴などはよくわかっていない。
 ※守屋 洋著 中国古典「一日一話」より引用

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