中国古典 | 菜根譚の名言
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 径路の窄き処は、一歩を留めて人の行くに与えよ

 謙虚の美徳を説いている。

道の狭いところでは、ちょっと立ち止まって、
人に先を譲るようにすべきだ。
そういうわずかな心がけが、
人生を楽しく安らかなものにしてくれるというのです。

 

 友と交わるには、すべからく三分の侠気を帯ぶべし

 『菜根譚』は、
友達との付き合いでも、侠気(男気)は三分に抑えろといっている。

 これがゼロだと、もはや友とはいえない。
だが八分も十分も発揮したら、
共倒れになる恐れがあるし、第一、交友が長続きしない。

ひと肌脱いで格好いいところを見せようとすると、
ついコントロールがきかなくなる、という教訓です。

 人の悪を攻むるには、太だ厳なることなかれ

 人を叱るときはあまり厳しい態度で臨んではいけない。

人間は他人の欠点はよく見えるのに、自分の欠点は見えない。
だから人を叱るとき、
つい自分の欠点を棚上げして、相手を厳しくとがめがちだ、
それが度を越せばかえって相手の反撃を買い、
説得効果もなくなってしまう。

 『菜根譚』は続けて
「相手が受け入れる限度を心得ておくべきだ」ともいっている。
人生の達人は、叱るときも相手に逃げ道を用意しているものだ。

 敧器は満つるを以って覆る

 「敧器」とは水を入れる器のことで、水が空っぽのときは傾き、
半分ほど入れるとまっすぐに立つが、
いっぱいにするとひっくりかえる。
つまり、満ち足りた状態、良すぎる状態を戒めた言葉です。
これは別名「宥座ゆうざの器」とも呼ばれる。

 満ち足りた状態は危険の前触れであり、
もっとも注意しなければならない。
日本にも「おごる者久しからず」という言葉がある。

 

 清にして能く容るるあり、仁にして能く断を善くす

 清廉であって、しかも包容力がある。
思いやり(仁)があって、しかも決断力に富んでいる――
つまり、矛盾しがちな二つの面を両立させることによって、
理想の人間像に近づくことができるのだという。
その理想像はさらに具体的に説かれている。

 「洞察力があって、しかもアラ探しをしない。
純粋であって、しかも過激に走らない。
これを蜜を使って甘すぎず、塩を使って辛すぎずという」

 

 人の小過を責めず、人の陰私を発ず、人の旧悪を念わず

 小さな過失は咎めない。
 隠し事はあばかない。
 古傷はそっとしておきなさい。

人間には思いやりが必要だと説いている。
世の中には、その逆を平気でしている人がいかに多いことか。

 

 変に処しては、まさに百忍を堅くして以って成るを図るべし

 「変に処しては」とは、難関にさしかかったとき、
あるいは人生の踏ん張りどころと解してもいい。

そういうときは、
ひたすら耐え忍んで初志を貫徹しなければならないのだという。

 

 徳は才の主、才は徳の奴なり

 才能も大切だが、人格(徳)が伴っていなければ十分とはいえない、

才と徳は車の両輪のようなもので、しかも、どちらが大事かといえば
人格のほうが主人で、才能は召使にすぎないというのです。

さらに続けてこう語っている。

 「才能に恵まれても人格が伴っていないのは、
主人のいない家で召使がわがもの顔に振舞っているようなものだ。

 

 徳は事業の基なり

 事業を発展させる基礎になるのは、
経営者その人のもっている徳ということです。

『菜根譚』では
「基礎がぐらついているのに、建物が堅固であったためしはない」
とつけ加えているが、ではその基礎となる徳とは、
ずばぬけた能力をもち、謙虚、寛容、思いやり、信頼、精励
などを身につけることをいう。

 

 縦欲の病は医すべし、而して執理の病は医し難し

 私欲に凝り固まった病は治すことができるけれど、
理屈に凝り固まった病は治しにくい、というのです。

 人間の欲望は、時がたてば自然に少なくなっていくが、
理屈っぽい人は、この世のすべてを理屈で納得しないと気がすまない。

 理屈で以って、主張するのは、悪いことではないが、
その主張が、他人の意見にいっさい耳を貸さないようでは
自分を向上させることもできないし、周りの支持も得られない。

 

 磨礪はまさに百煉の金の如くすべし、急就は邃養にあらず

 自分を鍛えることの難しさを説いた言葉です。
「磨礪」は磨くこと、「邃養」は深く養うこと。
自分を鍛えるときには、金を精練するときのように、
じっくり時間をかけなければならない。

速成ではどうしても人間の底が浅くなってしまう。
少しずつでもいい、毎日の積み重ねが望まれるのです。

 

 久安を恃むことなかれ、初難を憚ることなかれ

 「久安を恃むことなかれ」は、
今の幸せがいつまでも続くことを期待してはいけないと戒めている。
「幸せの青い鳥」は逃げ足が早い。そのことを常に覚悟するべきです。

「初難を憚ることなかれ」は、
最初の困難にくじけず、逃げ腰になってはいけないとの戒め。

 

 伏すこと久しきは、飛ぶこと必ず高し

 長い間うずくまって力を蓄えていた鳥は、
いったん飛び立てば、必ず高く舞い上がる――

だから、たとえ逆境にあろうとも、じっと力を蓄えておけば、
必ず力を発揮できる時が来るのです。

 

 花は半開を看、酒は微酔に飲む

 花を鑑賞するするなら五分咲きのころ、
 酒を飲むならほろ酔い気分のあたりがよい。

満開の花(満ち足りた境遇)にいる人は、
もう一度「半開の花」の段階に立ち返って、
自らの生き方を見つめ直し、さらなる境遇を求めれば、
悪酔いになるかもしれないことに思いを致せ。ということだろう。

 

 人生、一分を減省せば、すなわち一分を超脱す

 この人生では、
何でも減らせば、その分だけ俗世間から抜け出すことができる。
俗世間から抜け出せれば、それだけ気持ちが楽になる。

わかりやすくいえば、
あれもこれもとそんなに欲張りなさんな、といっているのです。
 
径路けいろせまところは、一歩いっぽとどめめてひとくにあたえよ
ともまじわるには、すべからく三分さんぶ侠気きょうきぶべし
ひとあくむるには、はなはげんなることなかれ
敧器ききつるをってくつがえ
せいにしてるるあり、じんにしてだんくす
ひと小過しょうかめず、ひと陰私いんしあばず、ひと旧悪きゅうあくおもわず
へんしょしては、まさに百忍ひゃくにんかたくしてってるをはかるべし
とくさいしゅさいとくなり
とく事業じぎょうもとなり
縦欲しょうよくやまいいやすべし、しかして執理しゅうりやまいいやがた
磨礪まれいはまさに百煉ひゃくれんきんごとくすべし、急就きゅうしゅう邃養すいようにあらず
久安きゅうあんたのむことなかれ、初難しょなんはばかることなかれ
すことひさしきは、ぶことかならたか
はな半開はんかいさけ微酔びすい
人生じんせい一分いちぶ減省げんせいせば、すなわち一分いちぶ超脱ちょうだつ
 ※守屋 洋著 中国古典「一日一話」より引用

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