中国古典 | 史記
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史記について
動乱期を生き抜いた多彩な個性の生き方
屈辱と怨念がつかんだ人間の真価人物から歴史を読む、その視点の魅力

 中国人は記録マニアだといわれるくらい、歴史の記録に異常な執念を燃やしてきた民族です。 その結果、膨大な記録が残されているが、それらの中核を成しているのが、「正史」と呼ばれる歴史書だ。
『史記』から始まって『明史』まで、普通「二十四史」とも「二十五史」とも呼ばれるこれらの正史は、 記録を重んじた漢民族の大きなモニュメントだといってよい。 「正史」の筆頭に位置するのが、
漢代の史家、司馬遷によってまとめられた『史記』です。

 一般的に歴史書の記述は、時代を追って年代順に記録する編年体によることが多い。 ところが司馬遷は、『史記』をまとめるに当たって、
それとは異なる「紀伝体」と呼ばれる独特のスタイルを考え出した。
 のちの「正史」に踏襲されることになるこのスタイルは、まず
「本紀」において歴代皇帝の事蹟を記録し、さらに
「列伝」を立てて、当代に活躍した主な人物の活動をまとめるという形をとっている。
「紀伝体」の特色は、歴史世界を立体的に構成しうる点にあるが、
『史記』はその先例を開いた記念すべき労作です。
 しかし、こういっただけでは、『史記』の面白さの半分も伝えたことにならない。 なぜなら『史記』の面白さは、これをまとめた
司馬遷という歴史家の個性に負うている面が多いからです。

 司馬遷は「太史令」といって朝廷の天文や記録を司る家に生まれた。
父親の代から歴史書の記述に取り掛かっていたが、その完成は息子の
司馬遷の手に託される。 ところがそこで思いもよらぬ事件が起こる。
敗軍の将を弁護したことによって皇帝の怒りを買い、 宮刑きゅうけいに処されることになったのです。 宮刑とは、男のシンボルを切り取る刑罰です。
士人にとって、これ以上の辱めはない。
しかし司馬遷は、恥辱に耐えて生き残った。
思いはただひとつ、父親から託された歴史書の完成です。

 こういう経緯でまとめられたのが『史記』だった。
したがってそこには、作者の怨念がこめられている。
人間に対する共感と慟哭がある。
そこからいろいろな個性の生き方を学ぶことができるであろう。
その意味では歴史というより殆んど文学といってもいいかもしれない。
 ※守屋 洋著 中国古典「一日一話」より引用

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