中国古典 | 史記の名言
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 賢士の世に処るは譬えば錐の嚢中に処るが若し

 有能な人材は、譬えてみれば袋のなかに置かれた錐のようなものだ。
すぐにでも袋を突き破って切っ先を現すだろう。

 能力のある人間は、
放っておいてもいずれは頭角を現すものだが、
チャンスと見たら、積極的に自分を売り込むことも、
ときには必要ではなかろうか。

 

 断じて敢行すれば、鬼神もこれを避く

 断固たる決断の前には、鬼神も敵ではない。
必ず成功するというのです。

 たしかに、行動を起こす前は慎重さと周到な準備も必要だが、
何よりも望まれるのは断固たる意思「やるぞ」という意気込みです。

もっとも、それは心の中にしまって外に出さないのが、
現代流の処世法なのかもしれないが

 

 桃李言わずして下自ら蹊を成す

 桃やすももの樹は何もいわないが、美しい花を咲かせ、果実を実らせる。
だから自然に人々が集まってきて道が出来る。

つまり、徳のある人物の下には、
黙っていても人が慕い寄ってくるというのです。

東京の成蹊大学の「成蹊」は、
ここから取ったといえば、なるほどと思うでしょう。

 

 一貴一賤、交情すなわち見わる

 偉くなったり落ちぶれたりしている中で、
初めて周りの人の本心が見えてくる。

 偉くなったり金持ちになったりすれば人が集まり、
貧乏になったり左遷されたりすると人は去る。
それを薄情だと恨んでいてもいたしかたない。

人の付き合いというのはそんなものさ、というのです。

 

 奇貨居くべし

 「奇貨」というのは珍しい品物。
「掘り出し物だ。仕入れておこう」というほどの意味です。

 せっかくの奇貨も、それを見抜く眼力がなければ見逃してしまう。
プロ野球のスカウトにとって一番の名誉は、甲子園のスターではなく、
地方に埋もれた逸材を探し出すことだという。

現代のビジネスでも、
「奇貨」の発掘が生き残りの道につながっていくのかもしれない。

 

 管を以って天を窺う

 管から天を覗き、
狭い隙間から模様を見る、視野の狭さを笑ったものです。

 私たちの視野が狭くなるのは、
たいてい自分が属する組織のなかに埋没しているからです。
どんな組織でもそれにどっぷりつかっていると、
どうしても視野が狭くなってしまう。そうならないためには、

ふだんから別の組織や異業種の人間と積極的につき合う必要がある。

 

 君子は交わり絶つも悪声を出ださず

 君子は、どんな理由にせよ、
たとえ交際が跡絶えても、相手の悪口は言わない。

 絶交した相手の悪口をいうのは、
自分に人間を見る目がなかったことを、自ら吹聴していることになる。

悪口はいつか相手の耳に入り、
いつどこで怨みを晴らされるかわからない。

 

 大行は細謹を顧みず、大礼は小譲を辞せず

 大きな行いをしようとする者は、細かいことを気にしない、
大きな礼節が守られていれば、小さな謙譲などは問題としない。

 枝葉末節にこだわっていると、根本がおろそかになる。
原則さえしっかり守っていれば、細かなことは気にしなくていい。
というところであろう。

 良賈は深く蔵して虚しきが若し

 賢い商人はよい商品をもっていても、
蔵の奥深くにしまって品物などないふりをする。

 つまり、君子は徳があっても、
表には出さないで愚鈍なふりをして、これみよがしにひけらかさない。

いくら能力があるからといって、これみよがしにひけらかすと、
必ず他人の反発を買って足を引っ張られる。
能力というものは、
一見なさそうだが実はもっている、というのが望ましい。

 久しく尊名を受くるは不祥なり

 栄誉が長く続くのは不祥(不吉)であり禍のもとになる。

 高い地位に上りつめてしまうと、もう上がらない。
あとは転落するだけ(満つれば欠ける)。
いつまでも栄誉に浸っていると、いつか不祥に会う。
目的を達すれば、退き際が肝心。さっと身を退く決断力が求められる。
花にたとえれば、「椿」と「サザンカ」はよく似ているが、
「椿」の花は、その容色が衰える前に自ら落花する。
「サザンカ」は赤い花びらが茶色にしぼんでも落花せず、
しがみ付いている。「椿」のいさぎよさを見習うべきだろう。

 

 燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや

 「燕や雀の類に、鴻鵠(色白く鶴に似た大きな鳥)の
考えていることがわかってたまるか」というのです。

 その意気やよし、だが、
大きな志を抱いている人間はときとして、
そうでない人間をバカにする傾向にある。
大言壮語をせず、静かに着々と手を打っていく人間が、
大望を実現させることができる。

 

 

 智者も千慮に必ず一失あり、愚者も千慮に必ず一得あり

 智者といえど、千回に一回は失敗があるから完璧とはいえない。
 愚者といえど、千回に一回は成功があるから無視できない。

 「愚者の一得」ということもあるから
どんな人の意見にも、聞くべき点がある。
相手が平凡な人間だからといって、
その意見を頭からダメだと決め付けていてはならない。

 

 千金の子は市に死せず

 昔、中国では死刑を執行するとき、
それを「市(市街)」で行い、公衆への見せしめとした。
とろが、千金の子(金持ちの息子)は、
たとえ罪を犯してもそういう羽目にはならない。

 千金の子は、罪を犯して死刑の宣告を受けるような事態になっても、
大金をもつ親が裏から手を回して救出してくれる。
「地獄の沙汰も金しだい」というところか。
 

 鉤を窃む者は誅せられ、国を窃む者は候たり

 こう(帯留め)を盗んだ者は極刑に処せられ、
国を盗んだ者は諸侯となる。

 小さな悪事は罪になるが、大きな悪事は罪にならない。
それどころか、大きな権益、権力を得ることが往々にしてある。
「悪人、世にはばかる」というところか。

 これは、『史記』の作者、司馬遷が嘆いた言葉ですが、
三千年の昔から現代まで、
延々と続いている社会現象であり、今後も途絶えないだろう。

 

 国の宝は徳に在りて険に在らず

 国の宝は君主の徳にあるのであって、
防衛に適した険しい地形ではない。

険阻な地形に頼ってばかりで、
徳を修めることを成さねば国は滅亡する

ここでの「徳」とは、 国内では国民の支持を取り付け、
外に対しては周辺諸国の信頼を勝ち取る、そういう政治を指している
 
賢士けんしの世にるはたとええばきり嚢中のうちゅうるがごと
断じて敢行かんこうすれば、鬼神きじんもこれを
桃李とうりものいわずして下自したおのずかみちを成す
一貴一賤いっきいっせん交情こうじょうすなわちあらわる
奇貨居きかおくべし
くだを以って天を窺う
君子くんしまじわりつも悪声あくせいださず
大行たいこう細謹さいきんかえりみず、大礼たいれい小譲しょうじょうを辞せず
良賈りょうこは深くぞうしてむなしきがごと
ひさしく尊名そんめいを受くるは不祥ふしょうなり
燕雀えんじゃくいずくんぞ鴻鵠こうこくこころざしを知らんや
智者も千慮せんりょに必ず一失いっしつあり、愚者も千慮せんりょに必ず一得いっとくあり
千金の子はいち死せず
こうぬすむ者はちゅうせられ、国をぬすむ者はこうたり
国の宝は徳にりてけんらず
 ※守屋 洋著 中国古典「一日一話」より引用

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