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荘子について
小さな現実に振り回されず自在に生きる教え
勝った負けたなど「ちいせい、ちいせい」──心をしばらず大きく生きる
 

 『荘子』に、有名な「蝸牛角上かぎゅうかくじょうの争い」という寓話がある。
勝った負けたと血まなこになっているこの地上の争いも、
広大な宇宙空間から眺めればそれこそ「ちいせい、ちいせい」と笑いとばした話です。
 また、『荘子』の冒頭に、有名な「大鵬」の話が出てくる。
大鵬がその巨大な翼を広げて、九万里の上空を南海目指して飛んでいく。
それを見て地上のせみや小鳩は「にれまゆみの梢に飛びつくのさえ大変な事だ。
九万里の上空など飛ぼうという奴の気が知れない」と嘲笑う。
 だが、『荘子』にいわせれば、悠々と大空を舞う大鵬の姿こそ理想の生き方であって、 蝉や小鳩の考えることなど「ちいせい、ちいせい」というわけだ。 この二つの寓話に、
『荘子』のいわんとすることがよく表されているように思われる。

 『荘子』は、「老荘思想」などといわれるように、
『老子』とコミにして語られることが多い。
 だがこの二冊は、性格がずいぶん異なっている。
『老子』が主としてしぶとい処世の知恵を説いているのに対し、
『荘子』の説くのはもっぱら超越の思想です。

 『荘子』によれば、「道」という大きな観点に立つと、
この世の中のすべてのものに差別はないのだという。
是も非もないし、善も悪もない。
かりに差別があるように見えたとしても、一時的な事です。
だから、そんな差別に振り回されるのは愚かなことだという。
つまらない差別に惑わされないで、もっと自由な生き方をしなさい、
それが人間らしい生き方なのだと語りかけてやまない。

 だから、『荘子』を読むと、我々が今まで価値ありと認めてきた事が
本当に価値あるものであったのかと、疑問を抱かざるをえなくなる。
そういう意味で『荘子』は鋭く発想の転換を促してくる本なのです。
 それに、『荘子』はふんだんに寓話を使っているが、
これはほかの古典にない特色です。
いちじるしく文学的であって、読み物としても面白い。

 『荘子』の作者は荘周です。
戦国時代の人だが、仕官を嫌って在野の自由人として生涯を終えている。
 ※守屋 洋著 中国古典「一日一話」より引用

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